『七月』

                (一)
 二人の高校生の少年らが仄暗い倉田屋の奥で話していました。
『モチマルはいったよ。』
『モチマルははずだぁっていったよ。』
『モチマルは数二でいったよ。』
『モチマルははずだぁっていったよ。』
 上の方や横の方は、白くくらく水晶のように見えます。そのなめらかな内壁を、つぶつぶチェリオの泡が流れて行きます。
   (二)
『モチマルはいっていたよ。』
『モチマルははずだぁっていったよ。』
『それならなぜモチマルはいったの。』
『知らない。』
 つぶつぶチェリオの泡が流れて行きます。高校生の少年らもぽっぽっぽっとつづけて五六粒泡を吐きました。それはゆれながら水銀のように光って斜に軋む木戸の方へただよって行きました。
 つうと銀いろの頭をひるがえして、バラキが店の前を過ぎて行きました。
 二人はまるで声も出ず居すくまってしまいました。
  (三)
 バラキが入ってきました。
『セブンスター。』
『二00円です。』
『お前ら早く帰れよ。』
『はぁい。』
 時間の網が、底の白いガラスの上で美しくゆらゆらのびたりちぢんだりしました。チェリオからは記憶の泡が、並んで立ちました。
         *
 私の幻燈はこれでおしまいであります。

        二00七年秋 演出家

 注解
(一)倉田屋 県東部の雑貨商。学舎に隣接し生徒相手の駄菓子・飲料販売も手掛ける。
(二)モチマル 不祥。発言内容から数学教師かともいわれるが、「モチマル」イコール「高校生」ととるのは無意味だ。
(三)バラキ 演出家は理不尽な校則に批判的であった。ここでは校則を重視する生徒指導教諭が強烈に揶揄されている。

(『ナツヤスミ・ニ・テン・ゼロ』チラシ掲載)

見上げたり、見下ろしたり。東京タワー。

 子供の頃は、夏休みは、ひと月あまりをまるまるもらえて、当たり前だと思っていた。大人になって勤め始めると、会社の夏休みはほんの数日なのだと父親から聞いて、「そんなの嫌だ」と思ったことを覚えている。夏休みに限って言えば、大人になると損してしまうんだ、と子供心につまらなく思っていた。
 ところが、いざ会社勤めとなってみると、自分はなかなか自主的に夏休みを取れない人間であることがわかった。会社の規定は、8月のお盆に一斉に休暇をとるといったものでなく、各自が休暇を申請するものであったのだが、その休暇申請の波になかなか乗れないのである。先の見えている人は、計画的に休暇を取って、海外旅行や稽古事などを楽しんでいる。自分もそうありたいと思いつつ、夏になると職場の周りの人の出方をうかがってしまい、様子を見るうちについに年の暮れを迎えてしまう…という、そんな年が何度か続いた。子供の頃に思っていた、「そんなの嫌だ」の状態である。そんな中、ようやく思いきって、一日休暇を取ることにした。
 2004年秋。朝11時に、自分は東京タワーの展望台にいた。平日の朝の空気と景色は新鮮だった。そこからは、自分の自宅や学校の方面が見えた。思いのほか、職場の方面はとても小さく見えた。今日もあそこで皆働いているんだなと思った。ここ数年に流れた時間が、今、それを見下ろしている一瞬に凝縮されたような感じがした。自宅や職場、よく行く街。東京タワーからは、自分の右往左往は丸見えなのであった。もう長い事、東京タワーは見上げるだけの一方通行だった。自分の中の物の見方が、ある一方からだけに凝り固まっていたのかもしれないと思った。「時には、ここから見下ろしてみよう」そんなことを思った。
 時は過ぎて、2007年大晦日。紅白歌合戦の勝敗結果は、東京タワー全体の「白」の点灯で肩がついた。このところ、東京タワーを舞台にした本やテレビや映画が続き、東京タワーが取り上げられる機会がまた増えたようである。2004年のあの時には、まだ東京タワーは改装工事中で、剥げた階段の手すりや、あちこちの壁の染みなど、昭和の忘れ物のような名残が随所にあったことを思い出す。あの時、私の視点を変えてみせてくれた東京タワー自体も、日々変化しているのである。東京タワーに負けずに、「あの時の夏休み」から、自分も変化を遂げなくてはと常々思うのであります。

        木村史子

(『ナツヤスミ・ニ・テン・ゼロ』パンフレット掲載)

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